素敵な呪文

感想文

何かいいものを求めてます。それらの所感を投げ込みたいときに使う場所です。
2008年12月にいったん終了。1年後の12月に、コンセプトを改めて再開してみました(過去記事はそのままです)。よろしくどうぞ。
書店員を経て出版社に勤める漫画スキー(特にBL)。
その他頻出ネタとしてはTM NETWORK、90年代ビーイング、ジャニーズなど。
時事ネタも何かどうしても不特定多数に向かって叫びたいような出来事があれば書いています。


畜生にだって愛がある

 よく遊ぶ友達の家に2匹の猫がいて、気がついたらその猫どもとよく遊ぶようになってしまった。個人的には猫より犬派、で押し通してきたのだが、こう仲良くなると猫も可愛いな〜なんて思う。動物に対する気持ちって年を重ねても、童心から全く変わらないんじゃないかな。
 
 小学生時代は5、6年続けて飼育委員だった(勿論ジャンケン負け)。別に動物が特別好きなわけではない。コンポストに虫とか湧くし正直合わない仕事だった。でも1年間やると、子供心に自分のやってる事の「責任」に酔いしれて、6年の時には毎日昼休みは飼育小屋に足を向けていた。うちのクラスの飼育委員は俺を含めて5人いて、みんな仲もよかったので、活動自体楽しかったものだ。動物たちにやるエサを自分たちで作ってみたこともあった。夏休みはクラスごとの当番制で、その中で「○○さんは何日、△△くんは何日…」とか分担すればいいものを、うちのクラスは全員で集まって仕事をした。仕事が終わると職員室で先生がお菓子と飲み物出してくれて、どうでもいい話をしたっけなぁ。
 飼育小屋にはアヒル2羽、ニワトリ5羽、ウサギ4羽、それからタヌキが1匹いた。特にタヌキは面倒だった。どうも気分の良し悪しがはっきりしてる奴で、掃除用のほうきに噛み付くこともしばしばあったため予算のやりくりが大変だった(というのは後から聞いた)。一応動物的本能に従って、他の動物をタヌキの小屋に入れてはいけないというのは約束事だった。
 ある日のこと。我々はウサギ小屋の担当だった。ウサギは大抵小屋を開放して、囲われた外に出して飛び回らせるのだが、掃除を終えて全員(?)を小屋に戻すと一羽いない。ふと横の小屋を見ると、いつもこまめに開け閉めするはずのタヌキ小屋の戸が開け放たれている。移動する視線。既に誰かの声が聞こえた。タヌキの口より、ウサギの首から下が出ている。頭はまるまる奴の口の中だ。どうすればいいかわからない。目の前で、少なからず世話を焼いてきた命がなくなるかと思うと、視界が真っ白になっていく気分だった。俺は泣いていた。只管先生を呼べとを誰かに指示した。子供は動物をどうこうすることも出来ない程無力なのだと、大人ぶっていた自分が情けなかった。
 ウサギは首に歯形がついたくらいで、その後も元気に生活してくれた。でも俺はわかったのだ。いやそう決めたのだ。絶対にペットを飼うことは出来ない、と。ペットは家族なんてよく言う人がいるけど、全く共鳴する考えだ。家族には成り得ないが、そこにある命はかけがえのないもので、「無くなる」と思う瞬間は辛いし怖い。そんなリスクと、家族愛にも近い自分へのプロフィット。ペットを飼うことってそんな条件が成立するんだと思う。
 
 なんて言いながら、結局毎回友達の猫にちょっかいをだして、わーいなんて子供じみたことをしている俺です。