素敵な呪文

感想文

何かいいものを求めてます。それらの所感を投げ込みたいときに使う場所です。
2008年12月にいったん終了。1年後の12月に、コンセプトを改めて再開してみました(過去記事はそのままです)。よろしくどうぞ。
書店員を経て出版社に勤める漫画スキー(特にBL)。
その他頻出ネタとしてはTM NETWORK、90年代ビーイング、ジャニーズなど。
時事ネタも何かどうしても不特定多数に向かって叫びたいような出来事があれば書いています。


さようなら

 どうしても最後にこのカテゴリを使いたくて。

 町田慎吾の20年。
 彼の担当さんは古参のジャニファンが多いでしょうから何の自慢にもならないんですが、僕もほぼリアルタイムで見てきました。ジュニアのファッションリーダーだった町田。ハニカミも得意でした。MAになってからは舞台人としてのキャラもどんどん磨かれていって、その成長を頼もしく思いました。
 今なら言えるけれど、屋良が振付師とかダンス上手いとか囃される度に、いつもハイハイって気持ちでした。いやだってそれを教えたのは町田でしょ。黄金期のジュニアの中でも、ダンスへの真摯な姿勢が物凄かった。京都がそうさせたのかもしれないけど、そのひたむきな思いが最初の退所に繋がりましたもんね。
 先月事務所を去った話を目にした時は、あまりのショックで言葉に出来ず、やっぱりここにも書けませんでした。だってあれだけ覚悟して戻ってきた彼が、先輩方への義理立てもあるだろうけどきっとどんな形であっても辞めることは無いなんて、何処かで決めつけていたものだから。でも今なら、ダンスがやりたかったはずなのに小劇場で芝居をやるってのはどう考えても町田の本当にやりたいことではないなと思えます。てかずっと思っていたんだけどね。
 なんか全然うまくまとまりません、やっぱり。
 あの、本当に拍手したい気分なんです。大野にどう報告したのかなぁとか、気になることはまだまだあるんですけれど、もうなんかね町田のダンスや芝居を観て何度も何度も嬉しい気持ちにさせられたし、秋山が辞めてからの数年間、取り巻く状況は最悪だったと思うけど、よく頑張ったなって……
 自分の中ではMAに対して漸く区切りがつきましたよ、やっと。有難うMusical Academy。さようなら町田慎吾
 ジャニーズの歴史の中で町田の存在を追いかけられたことは幸せでした。またどこかでお見かけしたら、ライブで名前を呼んだ男は僕ですと言わせてください(笑)。